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最高裁判所第二小法廷 昭和29年(オ)353号 判決

主文

原判決を破棄し、本件を大阪高等裁判所に差し戻す。

理由

労働基準法二四条一項は、賃金は原則としてその全額を支払わければならない旨を規定し、これによれば、賃金債権に対しては損害賠償債権をもつて相殺をすることも許されないと解するのが相当である。

ところで、上告人の本訴請求は、上告人がその主張の期間被上告会社に勤務したことに基く整理手当及び給料の支払を求めるというのであつて、賃金の支払を求めるものと解されるにかかわらず、原判決は、上告人がその主張の債権を有する事実を確定しながら、被上告会社の上告人に対する判示損害賠償債権による相殺の抗弁を容れて、上告人の本訴請求を排斥した。すなわち、原判決の認定によれば、(1)上告人は昭和一七年一〇月頃から同二五年四月末日まで被上告会社に勤務していた。(2)同二四年一〇月一日から同二五年四月末日までの上告人の給料は一箇月五千円、毎月末日払の約であつた。(3)被上告会社は営業不振のため同二四年二月末日休業したが、当時従業員に対する給料の未払分があつたので、その支払のため、上告人は被上告会社代表者の依頼により、在庫品の売却及び半製品の仕上販売等の任に当つた。(4)同二四年八月一七日会社事業が再開されると同時に上告人は取締役に就任したが、その際被上告会社は上告人に対し右休業中の整理手当として一箇月七千円を支払う旨を約した。(5)ところが、被上告会社は右(4)の整理手当及び(2)の給料の各一部を支払つただけで残りの支払をしないので、上告人は被上告会社に対し、その未払分合計三万八千八百八十円六十四銭の債権を有する、というのである。以上の事実によれば、右債権中(2)のいわゆる給料は取締役としての報酬であつて賃金とはいえないとしても、(4)のいわゆる整理手当は賃金に外ならないと解せられるにかかわらず、原判決がその金額を確定することなく、漫然右債権の全額につき被上告会社の判示損害賠償債権による相殺の意思表示を有効と認め、これにより右債権は消滅したものと判断したのは、法律の適用を誤つた結果審理不尽理由不備の違法を犯したものとなさざるをえない。よつて、上告理由五項は結局理由があるに帰し、原判決は破棄を免れないから、民訴四〇七条に従い主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 栗山茂 裁判官 谷村唯一郎 裁判官 池田克)

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